人間と他の動物の違いは
1、直立二足歩行すること
2、道具を作ること
3、火を使うこと
4、言葉をしゃべることとされている。
800〜500万年前の遥か昔、人類への進化を始めた類人猿。
1, 約340万年前のものと推定されるアファール猿人「ルーシー」と名づけられた成人女性の化石により、すでに二足歩行に適応していた。
2, 約250万年前になると人類の祖先といわれる(原人)ホモ、ハビリスが出現し礫石器が出現する。道具を作り始めたらしい。
(現在でも蟻塚に食事に向かう前に枝で道具を作ってから向かうチンパンジーもいるし、木の実を砕く為に石を使う猿もいる。)
3, 46万年〜23万年前には火を使っていたとされる、北京原人が発見される。
礫石器のチョッパーと剥片石器のスクレーパー(削器)、尖状器、彫器なども発掘された。
20万年前位になると(旧人)ネアンデルタール人(現世人類の亜種)が出現。
使用目的別に石器を使い分け、マンモスなどの大型の動物も狩ったし、火による調理も行っていた。病人を保護し、穴を掘って死者を埋葬する風習があり、埋葬跡からは多くの花粉が発見され、花々を送り、薬草をも使用していたことも分かった。
4, 長い間、体力的に勝るネアンデルタール人の陰になっていた我々人類の直接の祖先、(現生人類)ホモ・サピエンス・サピエンスが10〜20万年前くらいから現れる。
火を巧に使いこなすことで食物の調理が変化し、頑丈な顎の形状が変わり、喉仏が下がることで発声領域が広がり、言葉による伝達手段が格段に向上する。
ナイフ・かたな・槍先など多種の石器、彫刻した骨格器を作り、投槍・弓矢を発明し、落し穴や罠を仕掛け、熊・マンモス・馬・野牛の獣を集団で狩猟を行う。
しかし獲物を獲りすぎ、新たな獲物を求めてたえず移動しなければならなくなる。
3万数千年前には氷河期のヨーロッパへ進出し、先輩ネアンデルタール人の痕跡がここで消える。そして人類は、この地球の隅々までたどり着く。
人類の祖先が誕生したころは、まだ他の猛獣の餌食でしかなかったろうし、その猛獣達の食べ残しの死肉をあさり、夜は洞窟の奥に身を寄せ、脅えながら朝を迎えていたはずである。
数百万年という気の遠くなるほどの時を経てやっと3万数千年前、人間の同類に敵はいなくなった。
そして、1万5千年くらい前にスペインのアルタミラやフランスのラスコーに有名な洞窟壁画を描いた。祈りであるのか、記憶の記録なのか、未来を描いたのか、今まで見えなかった物事を見えるようにしたのだ。個々の呪術的装飾や装身具から集団の為の創造表現の始まりといっても良いのではないだろうか。
第4氷河期が終わり地球の気候は温暖化し始め9000年くらい前から農耕・牧畜への食料生産革命で食料備蓄とともに人口の異常な増殖が始まる。
1万年前の人口は約1000万人、農耕・牧畜が始まり紀元前後は3億人、産業革命期は約10億人、1996年は約58億人、2008年現在67億人、2050年には91億人になるという。
道具を作ることで進化し、火を使いこなすことで言葉という道具を得、新たな道具を作ることで進化したはずなのに、道具は取り返しのつかない武器にもなり、備蓄は略奪と支配の歴史をつくりだし、今は実態のない見えないマネーという道具に支配され、翻弄されている。
800万年前から人類へと進化を始めた類人猿が長い時間の中、出現しては消滅し環境に適応できた種だけによってつながり今が在る。
地球の環境変化の周期で氷河期が終わり温暖化し、その快適環境の一時のなかでのわずか3万年前からの歴史にすぎないのです。
生物はある程度の不自由と不完全性という環境では適応していけるらしいが(最適環境)、すべてが整った快適環境からの環境の変化には適応できずに消滅するのは過去の歴史が教えている。
人類は備蓄食料の現物交換経済から金銀貨幣経済へ次に紙幣そして電子マネーへ人口の増加とともに変化してきた。元々は腐り消失するものであった。
腐らず現物すらない実態の見えない電子マネーへとこちらも増殖してきたが、アメリカ発金融恐慌を引き起こしたのは、隈なく証券化に入り込んでいるサブプライムローンタイプの電子マネーを消滅させる新種のマネー・ウイルスに電子マネーが感染したようなものである。
世界同時感染の状況はあのアメリカ映画「インデペンデンス・デイ」に出てくる資源を食い尽くす為に地球にやってきたエイリアンそのものではないか。
地球人の独立宣言をするあの大統領をネアンデルタール人に置き換えてみると消滅してしまった旧人の叫びにも聞こえてしまうのです。
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余談
40年前の映画、スタンリー・キューブリック監督の名作「2001年宇宙の旅」の中で木星へ向かう宇宙船の船長が冬眠中のクルー3人のスケッチを描く、それを見たコンピューターHALLが船長に問いかける、「それはなにか?」と「クルーを描いたのさ」との答えにHALLは理解できない。
不完全なものを描くことが理解できないHALLは不完全なもの(人間)を排除しようとするが、逆にHALLの思考部分を停止されてしまう。
停止の操作中にHALLは言う・・・「怖い」、・・・ストップ、・・・「怖い」と繰り返す。
不完全であることに気づいた時「生」と「死」が見えてくる。
そんなことを考えさせられた映画でした。
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炎が作り出した命のかたち
5000年前の中期縄文土器、素朴でありながらも人を引き付ける魅力は一体何なのだろう。
豊かな実りとともに平和な生活が続きますようにとの願いを込めて、一つ一つの文様が刻まれてゆく。
生活に使われる為に作られながらも、文様に込められた作り手の想い、
美意識が野焼きの炎によって焼きしめられていく。
大切に使われることを願い。
日々の生活の中で家族同様に大切に使われてきたのだろ。

函館 大船遺跡 中期縄文土器
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1、直立二足歩行すること
2、道具を作ること
3、火を使うこと
4、言葉をしゃべることとされている。
800〜500万年前の遥か昔、人類への進化を始めた類人猿。
1, 約340万年前のものと推定されるアファール猿人「ルーシー」と名づけられた成人女性の化石により、すでに二足歩行に適応していた。
2, 約250万年前になると人類の祖先といわれる(原人)ホモ、ハビリスが出現し礫石器が出現する。道具を作り始めたらしい。
(現在でも蟻塚に食事に向かう前に枝で道具を作ってから向かうチンパンジーもいるし、木の実を砕く為に石を使う猿もいる。)
3, 46万年〜23万年前には火を使っていたとされる、北京原人が発見される。
礫石器のチョッパーと剥片石器のスクレーパー(削器)、尖状器、彫器なども発掘された。
20万年前位になると(旧人)ネアンデルタール人(現世人類の亜種)が出現。
使用目的別に石器を使い分け、マンモスなどの大型の動物も狩ったし、火による調理も行っていた。病人を保護し、穴を掘って死者を埋葬する風習があり、埋葬跡からは多くの花粉が発見され、花々を送り、薬草をも使用していたことも分かった。
4, 長い間、体力的に勝るネアンデルタール人の陰になっていた我々人類の直接の祖先、(現生人類)ホモ・サピエンス・サピエンスが10〜20万年前くらいから現れる。
火を巧に使いこなすことで食物の調理が変化し、頑丈な顎の形状が変わり、喉仏が下がることで発声領域が広がり、言葉による伝達手段が格段に向上する。
ナイフ・かたな・槍先など多種の石器、彫刻した骨格器を作り、投槍・弓矢を発明し、落し穴や罠を仕掛け、熊・マンモス・馬・野牛の獣を集団で狩猟を行う。
しかし獲物を獲りすぎ、新たな獲物を求めてたえず移動しなければならなくなる。
3万数千年前には氷河期のヨーロッパへ進出し、先輩ネアンデルタール人の痕跡がここで消える。そして人類は、この地球の隅々までたどり着く。
人類の祖先が誕生したころは、まだ他の猛獣の餌食でしかなかったろうし、その猛獣達の食べ残しの死肉をあさり、夜は洞窟の奥に身を寄せ、脅えながら朝を迎えていたはずである。
数百万年という気の遠くなるほどの時を経てやっと3万数千年前、人間の同類に敵はいなくなった。
そして、1万5千年くらい前にスペインのアルタミラやフランスのラスコーに有名な洞窟壁画を描いた。祈りであるのか、記憶の記録なのか、未来を描いたのか、今まで見えなかった物事を見えるようにしたのだ。個々の呪術的装飾や装身具から集団の為の創造表現の始まりといっても良いのではないだろうか。
第4氷河期が終わり地球の気候は温暖化し始め9000年くらい前から農耕・牧畜への食料生産革命で食料備蓄とともに人口の異常な増殖が始まる。
1万年前の人口は約1000万人、農耕・牧畜が始まり紀元前後は3億人、産業革命期は約10億人、1996年は約58億人、2008年現在67億人、2050年には91億人になるという。
道具を作ることで進化し、火を使いこなすことで言葉という道具を得、新たな道具を作ることで進化したはずなのに、道具は取り返しのつかない武器にもなり、備蓄は略奪と支配の歴史をつくりだし、今は実態のない見えないマネーという道具に支配され、翻弄されている。
800万年前から人類へと進化を始めた類人猿が長い時間の中、出現しては消滅し環境に適応できた種だけによってつながり今が在る。
地球の環境変化の周期で氷河期が終わり温暖化し、その快適環境の一時のなかでのわずか3万年前からの歴史にすぎないのです。
生物はある程度の不自由と不完全性という環境では適応していけるらしいが(最適環境)、すべてが整った快適環境からの環境の変化には適応できずに消滅するのは過去の歴史が教えている。
人類は備蓄食料の現物交換経済から金銀貨幣経済へ次に紙幣そして電子マネーへ人口の増加とともに変化してきた。元々は腐り消失するものであった。
腐らず現物すらない実態の見えない電子マネーへとこちらも増殖してきたが、アメリカ発金融恐慌を引き起こしたのは、隈なく証券化に入り込んでいるサブプライムローンタイプの電子マネーを消滅させる新種のマネー・ウイルスに電子マネーが感染したようなものである。
世界同時感染の状況はあのアメリカ映画「インデペンデンス・デイ」に出てくる資源を食い尽くす為に地球にやってきたエイリアンそのものではないか。
地球人の独立宣言をするあの大統領をネアンデルタール人に置き換えてみると消滅してしまった旧人の叫びにも聞こえてしまうのです。
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余談
40年前の映画、スタンリー・キューブリック監督の名作「2001年宇宙の旅」の中で木星へ向かう宇宙船の船長が冬眠中のクルー3人のスケッチを描く、それを見たコンピューターHALLが船長に問いかける、「それはなにか?」と「クルーを描いたのさ」との答えにHALLは理解できない。
不完全なものを描くことが理解できないHALLは不完全なもの(人間)を排除しようとするが、逆にHALLの思考部分を停止されてしまう。
停止の操作中にHALLは言う・・・「怖い」、・・・ストップ、・・・「怖い」と繰り返す。
不完全であることに気づいた時「生」と「死」が見えてくる。
そんなことを考えさせられた映画でした。
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炎が作り出した命のかたち
5000年前の中期縄文土器、素朴でありながらも人を引き付ける魅力は一体何なのだろう。
豊かな実りとともに平和な生活が続きますようにとの願いを込めて、一つ一つの文様が刻まれてゆく。
生活に使われる為に作られながらも、文様に込められた作り手の想い、
美意識が野焼きの炎によって焼きしめられていく。
大切に使われることを願い。
日々の生活の中で家族同様に大切に使われてきたのだろ。

函館 大船遺跡 中期縄文土器
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北海道では、秋になると生まれ故郷の川を溯上してくる鮭を見ることが出来ます。アイヌ民族の長老が言う
「和人がこの地に来るまでは自由に取れたものだ。でも普段は卵を産んで力尽きた鮭(ホッチャレ)を食べていた。脂身の少ない雄の鮭をこうして干して保存食にしていたんだ。秋になり新しい鮭が溯上してくるときだけ、神様にお願いしてとらせてもらうのさ。獲りすぎると、鮭はもどってこなくなる。」アイヌ民族は自然を崇め、その中に神を見いだしていました。
彼らは、サケは神の国からやってきて、人間の国で食べ物になり、また神の国へ帰っていくと考えているからです。
森の神、村の神、水の神、火の神、いろいろな神様に感謝しながら自然と共に歩んできたアイヌ民族の知恵に、学ぶものが沢山ありますね。
白老ポロトコタンにて
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漆黒の闇から満天の星が地上を覆うように降り注いでくる。
そんな縄文時代の生活の中、どのような祈りを込めてこの土偶は作られたのでしょう。
土器や石器の実用的な道具から精神を具現化したこの中空土偶を見つめていると、文様の一つ一つに美的なセンスと息づかいが、3500年を経て伝わってくる。
本格的な焼き物の窯などまだなく、野焼きでありながら、黒の漆が添付されて当時の技術の高さを知ることが出来ます。
昭和50年8月、尾札部町の小阪アエさんが馬鈴薯畑で偶然土の中から発見し、なんだか解らないのでおばあちゃんに相談したところ、何かの仏様かも知れないので、お寺で供養したほうがいいって言うので届けようとしたが、娘さんが埴輪かも知れないので学校で調べてもらうということになり、教育委員会で調査したところ、縄文後期の大変貴重なものとわかり、状況は一変しました。
3500年の時を経て土の中から出てきた土偶がアエさんの心を響かせ、土に宿る縄文の魂は再びこの世に戻ってくることができたのです。
国宝・中空土偶(函館市著保内野遺跡)
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あきづ羽に秋の光が透け、
ねじれながらも張りつめた現実の上に
うっすらと影を置く。
自らの目に真珠の輝きにも似た光を放ち
どこまで遠くを見ているのだろう。
北斗市 匠の森 のとんぼ
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紀元前3000年位前につくられたらしい、アイルランドの巨大な石の建造物。
複数の立石に石の屋根をのせたドルメン・ストーンヘンジ、円状に並べられたストーン・サークルは、今も何か不思議な感じを漂わせています。この石の建造物を作った人々がどんな民族だったかはよく分かっていませんが、
後に、これらの地にやって来たケルト民族は、この巨石遺跡を前にして妖精の存在を感じ、妖精が住んでいると考えました。
ケルトにとっての異界は丘の中や西の海の彼方にあり、目に見えない美しい世界で、見えない人々が住んでいると考えられていました。これが妖精伝説となって今でも多くの物語が伝えられています。
ケルトの人々が信じていたドルイド教、この土着信仰は太陽神、土地・豊作の神を崇め、「自然は霊的な力を持つ」という考え方を持っていました。
またケルトの神話や伝説には、人間が動物に生まれ変わったり、神が英雄に、英雄が妖精と結婚したり、妖精が人間の子供を産んだりするなど、神、人間、妖精を転生します。つまり人間の生命と自然の生命とは密接な関係を持ち、大きな生命として、ぐるぐる回っていくのです
古代から、うずまきは偉大なる母親の象徴と考えられてきました。
うずまきには、生まれてくるという意味とそこに引き込まれて死ぬという二つの意味を持ち、まさに輪廻転生を象徴します。
日本の縄文土偶の女神にもうずまきが描かれているものが多く、世界中で守護神にはうずまきの文様が彫られています。
アイルランドやイギリスではお話の語り部が存在し 口承で伝えられてきた伝説や神話は、古代ケルトの人々の心の中のイメージを表します。
これらの物語を耳で「聴く」ことで、人々の五感をより刺激し、想像力をかきたて、ファンタジーが生まれたのです。
はなごよみ

花は季節を運び、
渡り鳥は異国の地に想いを馳せらせる。
風は雲とともに移ろう運命を運び、
地は変わらないものと,
変わりゆくものを
同じ時の上に置く
七飯大川より [オニユリとミゾゴイ(サギ科)]
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「ヒュラスとニンフ」 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
1849年4月6日 - 1917年2月10日
イギリスの画家。
神話や文学作品に登場する女性を題材にしたことで知られる。後期の作品はラファエル前派的な作品が多くなってくる。詩情にあふれ、造形性、素描力が優れ、古典的な面もあるが、感情表現の強い絵を描く。
古典と新風がうまくかみ合った世界を作りだした。
Innocence(イノセンス)
艶やかで、どこか近寄り難い高貴な美しさを纏い、
魔物のような冷たき美女の妖精たち。
出会ってしまった瞬間から、
物語の中に引き込まれずにいられない。
深く沈む沼にひっそりと開く睡蓮の誘惑。
睡蓮の誘惑

八郎沼の睡蓮
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1849年4月6日 - 1917年2月10日イギリスの画家。
神話や文学作品に登場する女性を題材にしたことで知られる。後期の作品はラファエル前派的な作品が多くなってくる。詩情にあふれ、造形性、素描力が優れ、古典的な面もあるが、感情表現の強い絵を描く。
古典と新風がうまくかみ合った世界を作りだした。
Innocence(イノセンス)
艶やかで、どこか近寄り難い高貴な美しさを纏い、
魔物のような冷たき美女の妖精たち。
出会ってしまった瞬間から、
物語の中に引き込まれずにいられない。
深く沈む沼にひっそりと開く睡蓮の誘惑。
睡蓮の誘惑

八郎沼の睡蓮
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(1819年〜 1877年)

古典絵画の模倣ではなく、古典絵画の「近代化」をめざし、
写真映像のリアリティを絵画に取り入れ、
今の時代の風景、人々、現実を自分の感じたままに描く、
クールベの「リアリスム宣言」は、19世紀当時の保守的な中にあって驚くべき革新的なものでした。
写真に負けまいとして戦い続けた画家でもありました。
19世紀は科学・技術によって事物世界と人間の精神を分断してしまった時代でもあります。
機械のとらえた映像 それがいかにリアルでも、そこには人間的な何かが大きく抜け落ちている。人間の血の通った部分が排除され、人間としてもっとも大切なはずの主観の動きや心情を遠ざけ切り離してしまう。
古典期の芸術が「神学的世界」の表現だったとすれば、近代芸術は「人間」の表現、人間性の回復をめざす表現だといえます。
20・21世紀とテクノロジーは驚異的に進化しましたが、その結果大量のエネルギー消費と自然の環境破壊を招き、今再び自然と人間の共生を取り戻さなければいけない時になりました。
テクノロジーが人間の理性とするなら、DNAに(潜在意識)に蓄積されている自然への畏敬、自然との共生、希望の道を天使や精霊達と共に祈り生きる道を今一度思い返す時なのかもしれません。
夢の種 (睡蓮)
水面に映るは虚像の揺らぎ、
水面に浮かぶは睡蓮の花
虚像と実像の入り混じるこの光は
どちらも真実。ひとつになって
記憶の中で、夢と思い出の種になる。
八郎沼の睡蓮
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古典絵画の模倣ではなく、古典絵画の「近代化」をめざし、
写真映像のリアリティを絵画に取り入れ、
今の時代の風景、人々、現実を自分の感じたままに描く、
クールベの「リアリスム宣言」は、19世紀当時の保守的な中にあって驚くべき革新的なものでした。
写真に負けまいとして戦い続けた画家でもありました。
19世紀は科学・技術によって事物世界と人間の精神を分断してしまった時代でもあります。
機械のとらえた映像 それがいかにリアルでも、そこには人間的な何かが大きく抜け落ちている。人間の血の通った部分が排除され、人間としてもっとも大切なはずの主観の動きや心情を遠ざけ切り離してしまう。
古典期の芸術が「神学的世界」の表現だったとすれば、近代芸術は「人間」の表現、人間性の回復をめざす表現だといえます。
20・21世紀とテクノロジーは驚異的に進化しましたが、その結果大量のエネルギー消費と自然の環境破壊を招き、今再び自然と人間の共生を取り戻さなければいけない時になりました。
テクノロジーが人間の理性とするなら、DNAに(潜在意識)に蓄積されている自然への畏敬、自然との共生、希望の道を天使や精霊達と共に祈り生きる道を今一度思い返す時なのかもしれません。
夢の種 (睡蓮)
水面に映るは虚像の揺らぎ、水面に浮かぶは睡蓮の花
虚像と実像の入り混じるこの光は
どちらも真実。ひとつになって
記憶の中で、夢と思い出の種になる。
八郎沼の睡蓮
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ルーカス・クラナッハ「エデンの園」。

世界で最初に生まれたメソポタミア文明。
紀元前3500年くらいには都市国家が成立し、シュメール人はメソポタミア地方にたくさんの都市国家を築きましたが統一国家ができることはありませんでした。
ラガシュとウンマという二つの都市国家が、前2600〜前2500年頃に「グ・エディン」(平野の首)という土地をめぐって争いを繰り返しています。
このグ・エディンが「エデンの園」のモデルと言われています。
片や「エデンの東」、メソポタミア地方からエジプトにかけて放浪生活をしていたヘブライ人(ユダヤ人)も豊かなシュメールの土地に住みたいけれど、なぜ自分たちはあの豊かな土地に住めないのか、という不運を自分たち自身に納得させるため楽園追放の物語がつくられたようです。
今は、豊かなエデンの園のシュメール人は存在しませんが
「エデンの園」の外、「エデンの東」の地で厳しい生活を強いられてきたヘブライ人(ユダヤ人)は数千年のときを経て今もなお存在しています。
なぜでしょう?
メソポタミアの実り豊かな「エデンの園」の争奪戦の繰り返しの中、敗れた民族は次から次と存在を消されていきます。
エデンの園に入れなかった遊牧民、ヘブライ人(ユダヤ人)にとっても危機的状況は同じでした、食料危機とともに存在危機を乗り越える為には、ひとつの理念を共有化することで一致結束しなければなりませんでした。
それは前13世紀 エジプトから脱出するヘブライ人たちのリーダー、モーセによって創られたとされています。
モーセはエジプトでヘブライ人の両親の元、誕生します。時のエジプト王の政策で増えすぎたヘブライ人を減らすということで、男の子は生まれるとすぐに殺されていた。しかし赤ん坊のモーセはカゴに入れられ密かに川に流されます、そしてエジプトの王女に拾われ王宮で成長し、乳母によって自分がヘブライ人であることを知り同胞のヘブライ人を迫害するエジプト人をみて殺害してしまう。モーセは、エジプトにいる奴隷のヘブライ人を引き連れてカナンへと逃亡する。
その途中、シナイ山で神からのお告げを受け十戒を受け取ったとされます。
神「ヤハウェ」が名を告げ、モーゼに聞けという、
わたしのほかに神があってはならない。
他の神を信じてはいけないと、十個の命令(戒律)を言い渡す。
神の名を言いふらしてはならない。神を造形物にしてはいけない。
人を殺してはいけない等、倫理を(モーセはすでに人を殺害していたにもかかわらず)、神との契約書として石に刻みモーゼに渡す。(神を造形してはならないはずなのだが)
ヘブライ人だけの神、一神教の誕生です。
モーセは天幕と十戒が刻まれた石板と共に移動生活をつづけ点在するユダヤの民を結束させていきます。
前10世紀に自分たちの国、ヘブライ王国を建設しますがアッシリアと新バビロニア王国に征服されてしまいます。(バビロン捕囚)又奴隷生活です。
何故、我々ヘブライ人はこんな目にあうのか、まじめに信仰と戒律を守っていないからヘブライの神は試練を与えるのだと考えた。
新バビロニアが滅んで、かれらは故郷の地に帰ることが許され、帰った人々は神殿を建設し、宗教指導者のもとで生活をするようになります。
これをもって、ユダヤ教が成立します。
ユダヤ人はのちのローマ帝国時代に国を失いますが、ユダヤ民族は存在しつづけています。
死と滅亡が迫る中で誕生したユダヤの神を信じることとは、一体どのようなものなのでしょう。
ユダヤ人だけの「神との契約」----
ヘブライ人は神からその神の名を教えてもらい、神から選ばれた唯一の民で、最後の審判の日にはヘブライ人のみが救われるという。
神は自分たちを選んでいるからわざわざ試練を与えてくれている。
他の民族は神から選ばれていないから試練すら与えられていないのだ、という選民思想は個人的な欲望を捨てさせ絶対的民族意識による団結力を生み出しました。
神と人の約束をめぐる物語、旧約聖書の中に教義として集積していきます。
元ねたの殆どはメソポタミヤ文明時代のものです。
「エデンの園」のことは最初に書きましたね。
・ノアの箱舟の話も、『ギルガメシュ叙事詩』が発見されることによって、旧約聖書が成立する1000年以上前に、その元の話があったことがわかった。
実際にシュメール人の遺跡発掘がすすんでいくと、シュメール人の都市国家がティグリス・ユーフラテス河の大きな洪水にみまわれていることもわかってきた。
・バベルの塔の話もそうです。
人間が天まで届きそうな高い塔を建てる。これを知った神が、この塔を打ち壊す。神は塔を壊し、人々はちりぢりになり、お互いに話す言葉が通じなくなった。シュメール人たちが建設した神殿にジッグラトというものがあります。高い塔の形をした神殿で、その遺跡はたくさん残っています。これがバベルの塔のモデルといわれています
(余談----ギルガメシュ叙事詩にある森林破壊の話は映画「もののけ姫」になりました)
・十戒の石板はシュメール時代からこの地方におこなわれてきた法律「ハンムラビ法典」を彷彿させます。
・最後の審判の話はアケメネス朝の二神教ゾロアスター教からの転用ですね。
一つが光の神、光明神アフラ=マズダ。対立するのが闇の神、暗黒神アーリマン。それぞれ天使の軍隊と悪魔の軍隊を率いて戦い最後には光の神アフラ=マズダが勝つ。アフラ=マズダの勝利のあとで救世主が現れて、救世主はそれまでこの世に生をうけて死んでいった人々をすべてよみがえらせる。そして、復活した人々を善悪に振り分け、天国行きと地獄行きに選別するという。
ユダヤの一神教に神と対峙する悪魔が出てくるのもゾロアスター教の影響(転用)といわれています。
(マツダ自動車という会社のロゴ「MAZDA」マズダは光の神とダブらせるあたり、センスが光ります。)
・ユダヤのキリストの母マリアは相手が誰かわからないが妊娠してしまう、ヨセフはそれを承知でマリアと結婚しキリストを生みます。
私生児を許さない、掟(戒律)の厳しいユダヤ教徒の中でキリストは生まれ、父ヨセフの子とは言われず母マリアの子と侮蔑され成長します。
戒律をはみだした生まれ方をした「不義の子」イエスは、最も貧しく虐げられ、絶望の中で生きていかざるを得ない人々の側にたって、階級、貧富の差をこえた神の愛を説いていきます。
身分が卑しくても、貧乏でも、戒律を守れなくても神は愛し救ってくれると。
ユダヤ人でありながら新興宗教の布教をはじめます。
ユダヤ教のヤハウェの神は厳しい怒りの神です。アダムとイヴが知恵の実を食べたら、楽園追放で、ノア以外の人類は洪水で皆殺し、バベルの塔も破壊して人類を四方に飛ばして言葉を乱した。怒って罰を与える怖い神です。
イエスはユダヤ教を怒りの神から愛の神へ変えようとします。
さらには圧制のローマ帝国からの独立を期待する人々の救世主願望と重ねられてしまう。
戒律を守り続けてきたユダヤ教への批判をし、ローマ帝国にとっても都合が悪い存在でしかなかったイエスを捕らえて処刑させてしまう。
ユダヤ教は長く続いた死と滅亡の恐怖の時代の中で嫉妬と葛藤を底流に誕生しました。
ユダヤの民はメソポタミアの豊かな食料のある「エデンの園」に入れなかったが、時を経てロックフェラーが「石油という資源のエデンの園」を独占します。
神との契約という御旗の下、存続の為には敵対する相手の死は許される行為のようです。
ユダヤ教から分離したイスラム教の過激派・原理主義者がまさにこの通りのことを聖戦として、今も行っています。
今の日本は発展途上国からすれば「エデンの園」の国かもしれません。
アメリカの植民地的後ろ盾があってのことですが、それが弱まれば、次は中国、ロシアが欲する「技術の豊富なエデンの園」日本を欲していることだけは確かです。
日本が日本として存続していく為には、日本の為の戒律(憲法)を日本人によって作り直さなければなりません。滅びる前にです。
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世界で最初に生まれたメソポタミア文明。
紀元前3500年くらいには都市国家が成立し、シュメール人はメソポタミア地方にたくさんの都市国家を築きましたが統一国家ができることはありませんでした。
ラガシュとウンマという二つの都市国家が、前2600〜前2500年頃に「グ・エディン」(平野の首)という土地をめぐって争いを繰り返しています。
このグ・エディンが「エデンの園」のモデルと言われています。
片や「エデンの東」、メソポタミア地方からエジプトにかけて放浪生活をしていたヘブライ人(ユダヤ人)も豊かなシュメールの土地に住みたいけれど、なぜ自分たちはあの豊かな土地に住めないのか、という不運を自分たち自身に納得させるため楽園追放の物語がつくられたようです。
今は、豊かなエデンの園のシュメール人は存在しませんが
「エデンの園」の外、「エデンの東」の地で厳しい生活を強いられてきたヘブライ人(ユダヤ人)は数千年のときを経て今もなお存在しています。
なぜでしょう?
メソポタミアの実り豊かな「エデンの園」の争奪戦の繰り返しの中、敗れた民族は次から次と存在を消されていきます。
エデンの園に入れなかった遊牧民、ヘブライ人(ユダヤ人)にとっても危機的状況は同じでした、食料危機とともに存在危機を乗り越える為には、ひとつの理念を共有化することで一致結束しなければなりませんでした。
それは前13世紀 エジプトから脱出するヘブライ人たちのリーダー、モーセによって創られたとされています。
モーセはエジプトでヘブライ人の両親の元、誕生します。時のエジプト王の政策で増えすぎたヘブライ人を減らすということで、男の子は生まれるとすぐに殺されていた。しかし赤ん坊のモーセはカゴに入れられ密かに川に流されます、そしてエジプトの王女に拾われ王宮で成長し、乳母によって自分がヘブライ人であることを知り同胞のヘブライ人を迫害するエジプト人をみて殺害してしまう。モーセは、エジプトにいる奴隷のヘブライ人を引き連れてカナンへと逃亡する。
その途中、シナイ山で神からのお告げを受け十戒を受け取ったとされます。
神「ヤハウェ」が名を告げ、モーゼに聞けという、
わたしのほかに神があってはならない。
他の神を信じてはいけないと、十個の命令(戒律)を言い渡す。
神の名を言いふらしてはならない。神を造形物にしてはいけない。
人を殺してはいけない等、倫理を(モーセはすでに人を殺害していたにもかかわらず)、神との契約書として石に刻みモーゼに渡す。(神を造形してはならないはずなのだが)
ヘブライ人だけの神、一神教の誕生です。
モーセは天幕と十戒が刻まれた石板と共に移動生活をつづけ点在するユダヤの民を結束させていきます。
前10世紀に自分たちの国、ヘブライ王国を建設しますがアッシリアと新バビロニア王国に征服されてしまいます。(バビロン捕囚)又奴隷生活です。
何故、我々ヘブライ人はこんな目にあうのか、まじめに信仰と戒律を守っていないからヘブライの神は試練を与えるのだと考えた。
新バビロニアが滅んで、かれらは故郷の地に帰ることが許され、帰った人々は神殿を建設し、宗教指導者のもとで生活をするようになります。
これをもって、ユダヤ教が成立します。
ユダヤ人はのちのローマ帝国時代に国を失いますが、ユダヤ民族は存在しつづけています。
死と滅亡が迫る中で誕生したユダヤの神を信じることとは、一体どのようなものなのでしょう。
ユダヤ人だけの「神との契約」----
ヘブライ人は神からその神の名を教えてもらい、神から選ばれた唯一の民で、最後の審判の日にはヘブライ人のみが救われるという。
神は自分たちを選んでいるからわざわざ試練を与えてくれている。
他の民族は神から選ばれていないから試練すら与えられていないのだ、という選民思想は個人的な欲望を捨てさせ絶対的民族意識による団結力を生み出しました。
神と人の約束をめぐる物語、旧約聖書の中に教義として集積していきます。
元ねたの殆どはメソポタミヤ文明時代のものです。
「エデンの園」のことは最初に書きましたね。
・ノアの箱舟の話も、『ギルガメシュ叙事詩』が発見されることによって、旧約聖書が成立する1000年以上前に、その元の話があったことがわかった。
実際にシュメール人の遺跡発掘がすすんでいくと、シュメール人の都市国家がティグリス・ユーフラテス河の大きな洪水にみまわれていることもわかってきた。
・バベルの塔の話もそうです。
人間が天まで届きそうな高い塔を建てる。これを知った神が、この塔を打ち壊す。神は塔を壊し、人々はちりぢりになり、お互いに話す言葉が通じなくなった。シュメール人たちが建設した神殿にジッグラトというものがあります。高い塔の形をした神殿で、その遺跡はたくさん残っています。これがバベルの塔のモデルといわれています
(余談----ギルガメシュ叙事詩にある森林破壊の話は映画「もののけ姫」になりました)
・十戒の石板はシュメール時代からこの地方におこなわれてきた法律「ハンムラビ法典」を彷彿させます。
・最後の審判の話はアケメネス朝の二神教ゾロアスター教からの転用ですね。
一つが光の神、光明神アフラ=マズダ。対立するのが闇の神、暗黒神アーリマン。それぞれ天使の軍隊と悪魔の軍隊を率いて戦い最後には光の神アフラ=マズダが勝つ。アフラ=マズダの勝利のあとで救世主が現れて、救世主はそれまでこの世に生をうけて死んでいった人々をすべてよみがえらせる。そして、復活した人々を善悪に振り分け、天国行きと地獄行きに選別するという。
ユダヤの一神教に神と対峙する悪魔が出てくるのもゾロアスター教の影響(転用)といわれています。
(マツダ自動車という会社のロゴ「MAZDA」マズダは光の神とダブらせるあたり、センスが光ります。)
・ユダヤのキリストの母マリアは相手が誰かわからないが妊娠してしまう、ヨセフはそれを承知でマリアと結婚しキリストを生みます。
私生児を許さない、掟(戒律)の厳しいユダヤ教徒の中でキリストは生まれ、父ヨセフの子とは言われず母マリアの子と侮蔑され成長します。
戒律をはみだした生まれ方をした「不義の子」イエスは、最も貧しく虐げられ、絶望の中で生きていかざるを得ない人々の側にたって、階級、貧富の差をこえた神の愛を説いていきます。
身分が卑しくても、貧乏でも、戒律を守れなくても神は愛し救ってくれると。
ユダヤ人でありながら新興宗教の布教をはじめます。
ユダヤ教のヤハウェの神は厳しい怒りの神です。アダムとイヴが知恵の実を食べたら、楽園追放で、ノア以外の人類は洪水で皆殺し、バベルの塔も破壊して人類を四方に飛ばして言葉を乱した。怒って罰を与える怖い神です。
イエスはユダヤ教を怒りの神から愛の神へ変えようとします。
さらには圧制のローマ帝国からの独立を期待する人々の救世主願望と重ねられてしまう。
戒律を守り続けてきたユダヤ教への批判をし、ローマ帝国にとっても都合が悪い存在でしかなかったイエスを捕らえて処刑させてしまう。
ユダヤ教は長く続いた死と滅亡の恐怖の時代の中で嫉妬と葛藤を底流に誕生しました。
ユダヤの民はメソポタミアの豊かな食料のある「エデンの園」に入れなかったが、時を経てロックフェラーが「石油という資源のエデンの園」を独占します。
神との契約という御旗の下、存続の為には敵対する相手の死は許される行為のようです。
ユダヤ教から分離したイスラム教の過激派・原理主義者がまさにこの通りのことを聖戦として、今も行っています。
今の日本は発展途上国からすれば「エデンの園」の国かもしれません。
アメリカの植民地的後ろ盾があってのことですが、それが弱まれば、次は中国、ロシアが欲する「技術の豊富なエデンの園」日本を欲していることだけは確かです。
日本が日本として存続していく為には、日本の為の戒律(憲法)を日本人によって作り直さなければなりません。滅びる前にです。

ギリシャ神話より睡蓮と水の精の物語
昔、昔、、3人の水の精の姉妹がいた。
3人とも花に負けないほどの美しい娘達だった。
3人が年頃になったある日、母の女神が三人に将来の希望を尋ねた。
冒険好きな長姉は「水の守りになりたい」と答え、
社交的な次姉は「「水を離れず神の掟のままに」と答え、
内気な末娘は「神と親の命ずるままに」と答えた。
そこで、母は、長姉を外海の守り神に、次姉を内海の主に、
末娘を波の立たない泉の女神にした。
内気な末娘も夏の間だけはスイレン(睡蓮)の花となって姿を見せるようになった。
八郎沼の睡蓮
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函館特別史跡五稜郭跡にて
第21回市民創作「函館野外劇」
1988年、世界的にも有名なフランスの「ル・ピディフ野外劇」から火種をもらい、国の特別遺跡「五稜郭」を舞台に、ダイナミックな函館地方の歴史を題材とする「NPO市民創作野外劇」の公演も今年で18年目となりました。
この間、多数の市民ボランティアが参加する国内最大規模の市民創作野外劇に成長し、数々の受賞とともに「歴史とロマンの街・函館」にふさわしい地域文化活動と新しい観光資源として全国的にも高く評価されています。
この野外劇の特色は、五稜郭の優れたロケーションを舞台として活用し、題材が史実に基づいており、観光客にも内容を容易に理解し楽しんでいただけます。
アイヌの時代に始まり、戦争や大火などの度重なる困難に見舞われながらも、それを乗り越えてきた函館人のたくましさと函館の発展にも力を尽くした高田屋嘉兵衛の活躍、ペリー来航による開港と国際文化の波、武田斐三郎による西洋式築城五稜郭の完成、蝦夷共和国を夢みて戦った榎本武揚や土方歳三らの命かけて信念を貫こうとした姿、
歌人石川啄木などの函館の街を精一杯生き抜いた人々の物語が10場面で繰り広げられています。
8月10日で終了ですが、
HP市民創作函館野外劇でダイジェストムービーがご覧になれますのでお立ち寄りください。
「千の風になって」でおなじみの 新井 満さん作曲 「星のまちHakodate」を歌い、劇はフィナーレを迎えます。
土方 歳三
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